神戸の球団「だった」オリックス。近鉄と合併した時点で既に神戸の球団ではないが、昨日、清原が引退して、とうとう本当に神戸の球団ではなくなったんだなと、そう思った。
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まず初めに断っておくが、正直言って野球に興味はない。詳しくもない。小学生の頃にちょっとマイブームだっただけ。
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そもそも「阪急ブレーブス」だったこの球団、1988年に阪急がオリエント・リースに売却して発足。1989年から「オリックス・ブレーブス」として、西宮球場を本拠地に展開。
1991年に「オリックス・ブルーウェーブ」となり、グリーンスタジアム神戸に本拠地を移転。
1994年から仰木監督が指揮をとる。
1995年、震災の年に「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ優勝。被災地とともに戦うチームの姿は大きな感動を呼び、ファンは熱烈な応援によりチームを支えた。この年の「神戸」と「ブルーウェーブ」の関係は、ホームタウンとプロスポーツチームの理想的な関係として各方面で取り上げられる。翌1996年には日本一となる。
しかし、オリックスは球団経営を知名度アップとして利用する以外の考えを持たない。そのため、その後は低迷を続ける。
ついに、2004年12月には大阪近鉄バッファローズと合併、大阪ドームを本拠地とする「オリックス・バファローズ」となる。この時点でほとんど大阪の球団に変わっているのだが、2年間は兵庫と大阪をダブルフランチャイズに持つこととなった。
2006年11月、球団事務所を大阪に移転。2007年からは大阪のみを本拠地に登録。2008年には監督に大石大二郎が就任。大石大二郎は静岡商業→亜細亜大学→近鉄。近鉄生え抜きの人間。
さらに、昨日、仰木監督に誘われてオリックスを死に場所に選んだ清原が引退。
世間的にはすでに大阪の球団となっているオリックスであるが、ボクの中では昨日が「神戸オリックス・ブルーウェーブ」の命日である。
ああ、あれだけ神戸の人に愛された「オリックス」は、いまや「近鉄」に成り下がり、いや、近鉄ですらなくなり、大阪の球団と成り果てた。
さよならオリックス。
さよならオリックス
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執筆者:osakanamanbow